Flying Heritage & Combat Armor Museum, Everett Washington U.S.A.

シアトルの郊外に立地する世界最大の建造物としてギネスブックに認定されている、ボーイング社のエベレット工場。

その、同じエバレットに立地するペンフィールド空港の南東の一角には、マイクロソフトの創業者ポール・アレン(Paul Allen)が創設した私設の航空博物館がある。収蔵品は71(航空機26機、戦車などその他45台)種類と言われ、単なる展示に留まらず、故障した機体や車両を修繕し、飛行、そして走行可能な状態まで復元し、毎年定期的に展示飛行などを一般に公開している。 今月号では、日本人には嬉しい零式艦上戦闘機や一式戦闘機(隼)を含め、第二次世界大戦で使用された英国、米国、ドイツ、ロシアなどの航空機にもスポットを当て、この博物館だけが所有する飛行(稼働)可能な航空機を紹介する。


「兵器遺産」収集へのこだわり

マイクロソフト社をビル・ゲイツと共に創業し、全米でも大資産家として有名であったポール・アレン(2018年10月没)は、父親(ケネス・アレン)が太平洋戦争に従軍していた事もあり、第二次世界大戦で使用された武器への愛着と造詣が深く、1998年より航空機、戦車などの収集をはじめ、2004年には同じワシントン州にあるアーリントン(Arington)飛行場にて一般公開を行っている。しかし、コレクションは年々増え、広い敷地を確保するためここペンフィールドに移り、2008年に今の博物館をオープンさせた。 また、一方では海洋調査にも力を注ぎ、レイテ沖海戦で沈没した旧日本海軍戦艦「武蔵」を2015年3月に発見、また、2017年12月には駆逐艦「島風」の発見にこぎつけ、さらに2018年3月には太平洋戦争中、珊瑚礁海戦にて旧日本海軍の攻撃で沈没した空母「レキシントン」の発見にも尽力した。実業家として成功し、その潤沢な資金をもって、航空機に留まらず「兵器遺産の収集」として航空機以外では戦車、オートバイ、軍用車両、戦闘装甲、戦争の特殊性を集めたアレン氏のプライベートコレクションのショーケースを作り上げてきた。兵器を「歴史遺産」として位置づけ、実際に飛行をさせたり、走行させ、その時代の歴史を風化させない仕組みつくりをしてきた。その一つの表現が「戦争の原因」を探る”Why War : The causes of Conflict”(なぜ戦争が起こり:紛争の原因となるのか)であり、マルチメディアによって、五感を使った「聞く、見る、感じる」ことから戦争の歴史を紐解く新しい試みの中で「平和の尊さ」を今日も発信している。


魅力的な機体を見学

展示館はハンガーA,B,Cと3ヶ所に分け、それぞれにテーマをもって展示されており、

中心となる航空機を順番に紹介していく。

ハンガーA

(日本機)

一式戦闘機(キ43/Oscar)

第二次世界大戦時の日本陸軍戦闘機で、愛称(はやぶさ)である。主翼に「空戦フラップ」を装備し旋回半径を最小限にした空戦特性と主脚に引込脚を採用した格闘戦向けの戦闘機であった。1935年12月12日に初飛行に成功し、1941年4月より生産が開始され、中島製エンジン(ハ25)を装備した戦闘機としては非常に軽快な運動性を発揮した。また、栄空冷星形のエンジン(950馬力)を搭載した一型(キ43-I)の最大速度は500km/hを超え、同時に低高度・低速域における運動性・加速性の高さは当時世界最高クラスの戦闘機であった。終戦(1945年)までに5,751機が生産され、日本以外ではタイ王国、インドネシア、中華民国などでも運用された。


(ドイツ機)

Messerschmitt Bf 109E (メッサーシュミット)

第二次世界大戦時のドイツ空軍における主力戦闘機であり、1935年5月28日に初飛行し、終戦までの10年間で30,500機という歴史上、最も生産された航空機であった。軽量な機体で加速力に優れ、スピード、機動力、上昇力も悪くはなかったが、スピードを追求するあまり、英国のスピットファイアーやハリケーンなどと同じような機動力には勝ることはなかった。また航続距離が短いという致命傷があり、爆撃機などの護衛戦闘機としての役割は果たせなかった。展示されているBf 109 E(エーミール/ Emil)は、ダイムラー・ベンツ DB 601 Aを搭載した機体で、第二次世界大戦初期の主力機となり、チェコスロバキア、ブルガリア、スペイン、ルーマニア、クロアチアなどで運用され、日本にもE型が運ばれ、「日の丸」を付けた試験機が日本の空を飛んでいる。


Focke Wulf Fw190D-13 Dora(ドーラ)

元来Bf109の補助戦闘機として開発され、Bf109を凌ぐ傑作戦闘機ではあったが、高度6,000m以上に上昇するとエンジンのパワーが一気に低下するという弱点があった。この弱点を補うため、液冷ユモ213エンジン搭載のDシリーズが開発されたが、最終目標であった高々度性能の向上は十分ではなかった。しかし、中高度以下での飛行性能が格段に向上したため、ドイツ空軍は新型の中高度戦闘機として採用を決定、細長い機首から長鼻のドーラ(LANGNASEN-DORA)と呼ばれ、機首が長くなった分、後部胴体が延長され垂直尾翼が大きくなったのが特徴である。また、D-9後期生産型のキャノピーは上部のふくらみが大きく視界が向上した「ガーラント・ハウベ」が標準装備となった。


(米軍機)

P-51 D Mustang(マスタング)

第二次大戦中の最優秀戦闘機と評されているP-51マスタングは、加速力にも優れ、また、長い航続距離や安定した高高度性能により、爆撃機の護衛や対地攻撃で活躍した。アメリカ海軍が採用したF8Fベアキャット戦闘機と並び、当時のレシプロ戦闘機の中では卓越した戦闘機であった。P-51の初飛行は1940年10月26日であり、1942年8月から部隊配備が始まった。初期型からH型まで実に16,766機が生産され、初期型であるB型はP-40と同じアリソン・エンジン社製V-1710エンジンをロールス・ロイス社製マーリンエンジンに組み合わせた機体としてP-51B・P-51Cに変更された。カリフォルニア州イングルウッドで作られた機体はB型、テキサス州ダラスで作られた機体はC型と区別された。展示されているD型からは課題となっていた後方視界の悪さを改善するために「水滴型キャノピー(バブルキャノピー)」に変更し、動力装置についてはロール・スロイス社製のマーリン 61を搭載しC型までの高高度性能の向上を克服した機体であり、1,500機製造されたD型の内594機はイギリス軍にも引き渡された。


North American B-25J Mitchell (ミッチェル)

1942年4月18日には日本本土へも爆撃に飛来(ドーリットル空襲)した爆撃機で、「ミッチェル」の愛称はアメリカ陸軍将校ウィリアム・ミッチェル准将にちなむ。アメリカ軍用機のうち、「個人名」が愛称として採用されたのはこのB-25「ミッチェル」のみである。1940年8月19日に初飛行し、大戦後もインドネシア空軍で退役する39年間で約10,000機が生産された。B-25を運用したのはアメリカ陸軍海軍だけではなく、オーストラリアイギリス(900機以上)・中華民国オランダ・インドネシアを含む国々によって多数のB-25が運用された。 尚、展示されているこのJ型はB-25の最終生産型である。


ハンガーB

(ドイツ機)

Focke-Wulf Fw 190 Würger (ヴュルガー)

ドイツフォッケ・ウルフ社が開発し、Bf 109戦闘機とともに第二次世界大戦におけるドイツ航空戦力の主力を担った戦闘機であり、20,001機が生産された。初飛行は1939年6月1日であり、部隊配備は2年後の1941年8月から始まった。日本とは異なり、エンジンにおいて「液冷王国」であった当時のドイツ空軍にあって、「空冷エンジン」を搭載した主力戦闘機として優れた飛行性能を見せた他、機体が頑丈で汎用性に長けており、戦闘爆撃機型や対爆撃機型、高速偵察機型などの多様な種類が生産された。開発初期のFw 190にはBMW 139(1,550馬力)が用いられていたが、後にこのエンジンは改良され、当時ドイツで最大の出力を誇ったBMW 801(1,700馬力)エンジンを搭載し、米軍のP-51D,P-47Dと互角以上に戦える実力を有してはいたが、生産が軌道に乗った1944年当時、ドイツ本土は既に連合軍の制空権下にあり、本来の実力は十分に発揮できなかった。


(日本機)

零式艦上戦闘機(AM-6 M3-22/Zero)

第二次世界大戦期における日本海軍の主力艦上戦闘機であり、初飛行は1939年4月、1年後の1940年7月から運用が開始された。略称は零戦(ぜろせん/れいせん)であった。格闘戦を重視した設計であり、速力、上昇力、航続力の各数値を優れたものとするため、軽量化を徹底している。同時期の艦上戦闘機であるF4Fワイルドキャットが構造で機体強度を確保していたのに対し、零戦は材質自体で強度を確保し機体骨格に肉抜き穴を開ける手法を採用した。軽量化のため、500 km/h (270kt) を超える最高速度を維持しながら、太平洋戦争初期にかけ、3,000 kmの長大な航続距離と20mm機関砲2門の重武装・優れた運動性能で、遠隔地まで爆撃機を援護し同時侵攻できた数少ない単発単座戦闘機であった。


(米軍機)

カーチス P-40C (Curtiss P-40C))

操縦も比較的簡単で、実用性に秀でていた本機は13,000機以上が生産され、欧州戦線ではドイツ、そして太平洋戦線(太平洋戦争)では日本軍と戦った機体である。初飛行は1938年10月4日で1939年から運用が開始され、同年に始まったフィリピンの戦いにて、アメリカ極東陸軍に配備されていたP-40C/Eは日本海軍零式艦上戦闘機日本陸軍一式戦闘機「隼」の空戦性能(低速低空での旋回性能)では遅れをとり、戦況は劣勢に立たされることが多かった。 また、日中戦争では米陸軍クレア・リー・シェンノート少将により編成されたAVG(フライング・タイガース)アメリカの「義勇兵」パイロットで構成され、P-40を129機装備し、中国軍を支援するため現地で果敢に活動したことはよく知られている。


ハンガーC

(米軍機)

グラマン ヘルキャット(Grumman F6F-5 Hellcat)

F6Fよりも約2年早く運用されていたF-4Uコルセアは、当時のアメリカ海軍の主力艦上戦闘機であったが、着艦時の視界が悪く艦上戦闘機としての運用には難があり、次第にヘルキャットに移行されていった。1943年より運用が開始されたF6Fは、太平洋戦争中の制空権争奪による零戦との格闘戦も多かったが、低速では零戦に劣るため、単独での格闘戦はできる限り回避した戦法をとっていた。第二次世界大戦終結後はフランスをはじめとする西側諸国に売却され各国で運用された他、少数のF6F-5が無線操縦の標的機F6F-5D、飛行爆弾F6F-5Kに改修された。またF6F-5はチェスター・ニミッツの指示で1946年に組織された海軍アクロバット飛行隊ブルーエンジェルス』の最初の機体として利用された。

 このハンガーCは、一番新しい展示スペースとなっており、航空機以外ではM5AIスチュアート、M8グレイハウンドなどの装甲車両なども展示されている。訪問時に覚えておいてほしいのが、3つのハンガーでは定期的に展示物のローテーションが行われるので、常に同じ場所に航空機が展示されていることはない。そのため館内ではボランティアスタッフによるガイドツアー(英語)が実施され、歴史的なバックグランドも解説しながら、機体開発に関わる裏話も聞くことも可能である。 また、このペンフィールド空港周辺には他にもHistoric Flight FoundationやMuseum of Flight Restoration Centreなど特徴のある航空機を所蔵している航空博物館にもアクセス可能である。見学時間に余裕をもって、最低1泊2日の予定でペンフィールドの地を訪れ、米国の航空史ならびに日本ではお目にかかれない航空機コレクションを十二分に堪能していただきたい。


訪問のための一般情報


Flying Heritage & Combat Armor Museum


住所     ;3407109th Street SW, Evaerett WA 98204

電話  :206-342-4242

ウエッブサイト :www.flyingheritage.com

開館時間    :火曜—日曜日 10:00-17:00 **夏季は年中無休

入場料      :大人– $ 14 高齢者/軍関係者– $12 子供(6-15)– $ 10      (2020年9月現在)

アクセス     :シアトル市内、もしくは空港からレンタカーを借りるのが便利。

          **シアトルタコマ空港から約1時間半の距離感である


◽️掲載誌:月刊航空情報 2021年4月号 / せきれい社


General information for visits


Flying Heritage & Combat Armor Museum


Address; 3407109th Street SW, Evaerett WA 98204

Phone: 206-342-4242

Website: www.flyingheritage.com


Opening hours: Tuesday-Sunday 10: 00-17: 00 ** Open all year round in summer

Admission: Adults – $ 14 Elderly / Military personnel – $ 12 Children (6-15) – $ 10 (as of September 2020)

Access: It is convenient to rent a car from Seattle city or the airport.

** It is about an hour and a half away from Seattle-Tacoma Airport.


◽️ Published Magazine: Monthly Aireview April 2021 / Sequireysha Ltd.

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