Bristol Britannia XM496 Preservation Society, Cotswold Airport Kemble, United Kingdom

緑の丘と愛らしい家、時が止まったかのような田園風景で人気のあるコッツウォルズ地方。英国グロスターシャーのケンブル村に隣接したコッツウォルズ空港 (旧ケンブル飛行場) は、1936年に英国空軍 (RAF) の基地として建設され、1983年までレッドアローズのアエロバティックスチームが本拠地としていた。その空港の一角に英国ブリストル社製長距離ターボプロップ4発輸送機”ブリタニア(Britannia)”が展示されている。英国内で現存する同型機は7機のみとなっており、今月号では、ボランティアの手により18年の歳月をかけて修復されたBristol Britannia XM49 “Regulus(レギュラス)”を紹介する。


悲運な時代的背景

「ブリストル飛行機(Bristol Aeroplane Company)」は、第二次世界大戦中にブレニム双発軽爆撃機や長距離戦闘機ボーファイターなどの航空機制作で名を挙げ、エンジンについては、1920年当時経営不振だった「コスモス・エンジニアリング」社を買収し、「ブリストル・エンジン」社と改名して航空機エンジン開発を事業の中核にすえ、同社で開発された航空機にはブリストル自社製のエンジンが搭載されていた。

戦後はヘリコプターの開発に注力し、英国の回転翼航空機設計のパイオニアであるラウル・ハフナー(Raoul Hafner, 1905–1980)がその分野を率いていた(後にウエストランド社に買収)。しかし当時、英国の民間航空機産業は、米国と比べて遅れをとっており、「ブラバゾン委員会(*)」の報告に基づきブリストル社はその一新に関わることになる。ブリストル飛行機は、ブラバゾン委員会の報告書に求められたロンドン-ニューヨーク間のような12時間におよぶ航空旅行にふさわしい豪華座席の大陸横断旅客機の開発に着手することになる。そして戦後の民間航空の推進1号機として登場させたのは、1949年9月4日に初飛行に成功した大型旅客機ブリストル・ブラバゾンであった。同機はボーイング747を超える翼幅(70.1m)、エアバス380に迫る旅客機であり、広々とした豪華な客室と充実した設備を基本設計とされたが、旅客収容能力は60人から80人と機体の大きさの割には座席数が少ない機内設計であった。また、当時これだけの巨人機を離発着させるだけの長い滑走路を持った空港は少なく、結果的に実用性に欠けた機体として航空会社からの受注は無く、2機のみ製作され計画は中止された。

世界の空港で安全に運用ができる実用性の高い航空機として1947年からターボプロップエンジン4発を基本とした新型機開発がスタートし、1952年8月にブリストル175のプロトタイプが初飛行に成功し登場したのが「ブリタニア」であった。しかし、ブリタニアに搭載されたブリストル・プロテウスエンジンに問題を抱え、その解決策が見つかる間に2機の原型機が失われるなど当初の生産目論見から大きく後退したこともあり、航空会社からの受注が伸び悩んでいた。当時、英国のフラッグキャリアーであるBOAC(現:BA)が量産型を15機発注していたが度重なる納期遅れもあり、世界初のジェット旅客機としてすでに就航していたデ・ハビランド・DH.106コメット4の導入前年の1957年、すなわち、初飛行から5年の歳月が経ってやっとBOACがロンドン-ヨハネスブルグ、そしてロンドン-シドニー線などの主要路線への就航に同機を投入するという状況であった。ヨハネスブルグ線での初便では、機内外の静粛性に感銘を受けた報道陣によって「The Whispering Giant(ささやく巨人)」という言葉が作られたほど、航空機としてその評価は決して低くはなかったが、同年に登場したボーイング707、58年に登場したダグラスDC-8、そして59年に登場したコンベア880など米国製ジェット旅客機の導入が進む中、その存在価値は薄れ英モナーク航空などのチャーター航空会社に売却。その後貨物機に改造され、85機生産された同型機は1970年代に入ると一線を退くことになった。


XM496 Regulus(レグルス)の航跡

展示されているブリタニアは、1960年8月24日に製造番号175-253として初飛行に成功。同年9月17日に英空軍ライナム空軍輸送司令部に引き渡され、シリアルナンバーはXM496、「レギュラス(Regulus)」と命名された。英空軍の運用から引退する1975年10月までの15年間に飛行時間18,414時間、8,122回の着陸を記録して一時的に旧ケンブル飛行場に保管されている。

年が明けた1976年1月6日、XM496はモナーク・エアクラフト・エンジニアリング社に買収。貨物機に改修され、G-BDUPとして登録された同機は主に西アフリカを中心とした輸送業務に投入されたが、6年後の1982年には一時的にアテネの空港で保管されている。

1984年7月、モナーク・エアクラフト・エンジニアリング社が再びG-BDUPとして購入し、英ルートン空港に移送してオーバーホールを行い、キューバの航空会社アエロカリビアンに売却される。同年8月には、キューバ航空のカラーリングに塗装され、CU-T120として登録され、9年間の運用後、同機は1993年9月にはザイールに売却され9Q-CJHとして登録されたが、ザイールの世情不安により1997年8月にはリベリア共和国のTransair Cargoに売却され、EL-WXAとして再登録がされたが短期間の運用に留まり、翌1998年6月には、旧ケンブル飛行場に輸送され保管されることになる。


「技術遺産」を維持するボランティアの力

旧ケンブル飛行場でXM496がスクラップ寸前の状態にまでなっていることに懸念を示したブリタニアの経験豊かな地上整備員や乗務員によって2001年11月1日に保存会が設立された。その後、修復箇所の特定をするための機体の検査が始まり、2004年末に機体の状況が明らかになる。企業、地元自治体の支援と関係各所からの寄付により先ずは機体を元の英空軍輸送司令部時代のカラースキームに再塗装され、欠損した部品はリビルトで製作し、また部品とりとして同型の航空機から転用した部品も活用し、18年の歳月をかけて現在まで維持保存をしている。

しかし、当時、現役で機体を整備してきたボランティアも高年齢化し、新たにボランティアを確保しないと将来につなげる「技術遺産」を持続できないと語る主任エンジニアのジム・ブラウン(Jim Brown)氏。また、定期的に開催されるパブリックデイ時に集まる寄付やXM496のグッズの売り上げで補修箇所の整備費用に充てているが、必要かつ十分とは言えない状況に苦慮しているとのこと。

取材を通じ感じることは、日々絶えない技術力の維持と気が遠くなるほどの努力とお金が必要であるということである。現代においては、FacebookやTwitterを活用して世界中の航空機フアンへのメッセージの発信と、そこから生まれる「関心事」と「寄付」の積み上げが不可欠であると感じている。 新型コロナの感染も小康状態となり人々の行動も自由になりつつある昨今、英国内外からの見学者も増え、また新しくボランティアの応募もあり、3年後、5年後にまた「レギュラス」の勇姿を見に訪れてみたいと思っている。


(*)ブラバゾン委員会(Brabazon Committee)

第二次世界大戦中、アメリカとイギリスは多発航空機の製造の責任の分割に合意し、アメリカは輸送機、イギリスは重爆撃機を担当した。この決定の結果、戦争の終結まで英国は輸送機の設計、製造、最終組み立ての経験を得られず、生産設備または同分野の訓練された人材が不足すると認識された。一方アメリカは、軍用輸送機の設計を基に民間航空機を製造してきた。そのため、戦後の大英帝国とイギリス連邦の「民間航空輸送」の需要を満たすためアメリカから多くの民間航空機を購入する必要があることが予想されたことにより、第二次世界大戦中の1942年12月23日に、大英帝国の将来の民間旅客機及び市場の需要を調査するために設立。予測される航空技術の進展による影響や戦後の帝国植民地(南アジア、アフリカ、中近東)とイギリス連邦(オーストラリア、カナダ、ニュージーランド)における旅客、郵便、貨物の航空需要の見込みを広範囲にわたって明らかにすることが提言された。


訪問のための一般情報


Bristol Britannia XM496 Preservation Society


住所:Cotswold Airfield, Cirencester, United Kingdom

電話:+44-7977-071940

XM496 Web Sight: https://xm496.com/

メンバーシップ登録(寄付):

https://xm496.com/become-a-friend-of-the-britannia/

公開日:上記サイトで確認して訪問することをお薦めする。

交通:スインドン(Swindon)駅から列車に乗車15分でKemble駅に到着。駅からはタクシーで5−6分で到着する。タクシーの運転手には空港の「North Gate」を指示すれば間違いなく到着できる。

その他:同じ敷地内にAV8レストランがありパスタやサンドイッチ類の食事や飲み物の補給ができる。


⬜️掲載誌: 月刊航空情報 2022年12月号/せきれい社


About XM496 ‘Regulus’

In 1955 Bristol Aeroplane Company issued a proposal for a military transport based on the Series 300. The Bingley committee set up in 1955 to establish future inter-service requirements recognised the need for such an aircraft and an order was made for 20 Series 253s (RAF C.Mk1) plus 3 Series 252s (RAF C.Mk2); the latter built to a lesser specification and initially allocated to the Ministry of Supply. Bristol sub-contracted Short Brothers and Harland of Belfast to be responsible for the construction of most of the aircraft plus the design of the cargo door, the full length metal floor and fittings for the rearward facing seats. In addition the aircraft were to be powered by the more powerful Proteus 255 engine. All aircraft were delivered to the RAF and MoS in less than 12 months and were named after celestial bodies …‘Regulus’ being the brightest star in the constellation ‘Leo’.


As a long range military transport aircraft the RAF Britannia C.Mk1 could lift eighteen and a half tons over 4,000+ miles, carrying freight only or up to 53 stretchers with medical personnel and life support equipment or a total 115 passengers … or a combination of all three. It was the RAF’s first strategic airlifter and a crucial component in the reshaping of Britain’s armed forces to meet the threats of the Cold War. Tasks included the rapid deployment worldwide of the then newly formed Army Strategic Reserve and also moving the V- Bomber Force detachments to the various dispersal airfields from their main bases in times of tension. The Britannia was flown jointly by 99 and 511 Squadrons, firstly at RAF Lyneham and later at Brize Norton. When the Britannia was withdrawn from service in 1975 as part of defence cuts, the Squadrons were stood down but in 2000, 99 Squadron was reformed to fly the Boeing C-17 Globemaster at Brize …different aircraft but similar role. Britannia Series 253 C.Mk1 XM496 ‘Regulus’ ( the very last Britannia to fly) is located in the heart of rural Gloucestershire at Cotswold Airport near Kemble and can be viewed on the public open days. The preservation of “The Whispering Giant”, as the Britannia is affectionately known, has been a labour of love for all the volunteers who have taken XM496 from being close to being scrapped to a restored, although un-flyable, aircraft. For further details of the XM496 story please visit this page where you will find details of the restoration. The Bristol Britannia XM496 Preservation Society is registered with the Inland Revenue as a ‘Not for Profit Organisation’. The work is carried out entirely voluntarily by the small group of working members who freely donate their time. The Preservation Society is restricted solely to the preservation of XM496 but the Society does have links with other organisations and charities. For further details please see our sponsors’ page. The Society, like many other similar organisations is always on the lookout for new members of all ages and abilities. If you feel you can help or if you would like to sponsor the XM496 Preservation Society and have a link on the web site please contact us and request information from the Treasurer or Secretary.

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